ときには歴女♪

先日、富士山を見に行った時のことですが
急に思い立っての旅行だったのと紅葉シーズンということもあって
温泉宿はすでにどこも満室…。

そんな時、インターネットでふと目に留まったのが 箱根塔之沢温泉≪環翠楼≫
たまたま山側の小さな部屋だけ空いていたんです ☆.。.:*・

開湯してから400年にもなる古〜い旅館
それに木造4階建て(!!)ということで不安を抱きつつも
どういうわけか“なんだか面白そぅ〜”なんてちょっぴりワクワクしてきて
ここに決めちゃいました (o^^o)♪

第一印象は… 案の定…

「 凄いところ見つけたもんだね……… 」  ← 旅館の入口を見てpapaさんの第一声
「 ……うぅぅぅ……ホントだぁ………… 」  ← 言葉に詰まるわたし



でも ☆ 
迎い入れてくださった旅館の皆さんとても感じよくて
玄関上がるとどこか懐かしさを感じる温かな雰囲気でホッと一安心… (ノ∀`) 

“歴史生きづく宿”と謳っているだけあって館内はまるごと博物館みたいでした ☆

しかも自由に館内を歩いて写真を撮ってもいいとのこと ♪

部屋に置いてあった館内マップを片手に
この時ばかりは“歴女”気分で散策してきましたよ〜 (*^^)v

ところで、悲劇の皇女といわれている“和宮様”のことを知ってますか?

大河ドラマ篤姫」にも登場したのでご存知の方も多いと思いますが
実はこの宿、脚気で御静養中だった和宮様が
亡くなられたところだったんです… (*゚Д゚*)

しかも、その3年後には和宮様を偲び
篤姫様もここに訪れ涙を流されたとか…。

だから皇女和宮様ゆかりの品も。

和宮様は仁孝天皇の第8皇女。孝明天皇の妹。
婚約者もいて本来なら京都で静かな生涯を送るはずだったのに…

幕末の動乱のなか、
公武合体となる政略結婚によって徳川幕府14代将軍家茂(いえもち)に嫁ぎ
突如歴史の表舞台に引きずりだされ波乱の生涯を送った女性です。

嫁ぎ先の江戸大奥は江戸風・武家風…
和宮様の育ってきた京風・御所風のしきたりとはことごとく違い
初めは姑である篤姫天璋院)と不調和が続き苦労されたものの
謙譲と孝養の徳を発揮され徐々に大奥の信望を集め
家茂が長州征伐時に大阪で病死した後も江戸徳川に残り
皇室との板挟みに苦しみながらも間をとりもち
篤姫と共に“江戸城無血開城”に貢献され、
明治維新の陰の功労者ともいわれているそうです ☆

宿に置いてあった栞を読みながら
晩年を( …とはいっても32歳。若いですね… )ここで過ごされた和宮様に思いを馳せると
歴史がぐっと身近なものに感じられました。

この宿には、他にも珍しいものがあちこちにありました!!

玄関正面にで〜んと鎮座しているこの看板は
象嵌(ぞうがん) 」という技法で作られた箱根町文化財の一つ。

1つの木の板に違う種類の木を埋め込んでいる物で
描く文字をまず掘りぬき、
その空いた部分に違う種類の木を寸分の狂いも無く埋め込んでいるんですって!!!

うっかり見過ごしてしまいそうですけど…
気の遠くなるような繊細な職人芸なんですよ〜 Σ(´∀`;)

浴場前の大きな鏡の文字も右からで… 時代を感じますね ^^;

大正時代に輸入され当時としてはめずらしいモザイクタイルの浴場は
映画テルマエ・ロマエを思い出させる造り ♪

明治の力士“大砲関”の手形 ☆ 大きい〜!

仙田菱畝画伯の花鳥の大襖。

廊下には さりげなくこんな額も…。
私は柳屋三亀松さんのことをよく知らなかったんですけど
「いっやぁ〜ん」「ばっかぁ〜ん」
女性の鼻に掛かった名文句でお馴染みだった人ときいて
遠〜い遠〜い昔の記憶が… 
幼い頃 誰かが ふざけて言っていたことを思い出しちゃいました (笑)

階段を上がって行ってこんな光景に出会した時には
あれっ… 今… 私はどこにいるんだっけ…
時空を彷徨っているような感覚になったりして (~_~;)

その他にも“なんでも鑑定団”に出てきそうな物があちこちにあり
ここでは紹介しきれないので〜
興味のある方は行ってみてくださいね (ノ∀`)

ちなみに、温泉は源泉掛け流しでお肌ツルツルになりました ♪
夕食も次から次に出来立てのものが運ばれてきて美味しくいただきました。
朝食は普通かな…。コストパフォーマンスは う〜ん…。

なにしろ古い建築物だから
階段は急で奥行も浅くしかもピカピカに磨かれているので
スリッパでの上り下りに気を遣いましたが… 
なかなか面白〜い宿でした (*≧∀≦*)



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